1年遅れで日本語版が発売されたWindows3.1は、3.0ではオプションだったマルチメディア機能を標準装備したもので、1993年5月より発売開始、インストール済みモデルも用意されるようになりました。ハードウェアの垣根を取り払うこととなったWindows3.1では、PC-9801とPC/ATの競争が本格的になったといえます。
PC/AT互換機はDOS/V機と呼ばれる
ご存じの通り、PC/ATを漢字ROMというハードウェアを使用せず、ソフトウェアのみで表示させるMS-DOS/V(PC-DOS/V)をインストールして使うので、DOS/Vパソコンという呼び方がよくされました。この方法は、Windows3.1やまもなく発売されたWindowsNT3.1、OS/2でも同じです。
内部構造はボードやパーツを自由に交換できるようになっており(ビス穴の位置まで規格化)、交換を繰り返せばケースは古く見えても内部は何時でも最新のマシンとすることが出来ます。このような特徴から、ショップブランド機と呼ばれるPCショップがパーツを組み立ててオリジナルブランドとするPCが多くでてくることとなります。ユーザーの希望に応じてケースから内部のボード、HDDまで見積もってもらえる上、PC-DOS/VやWindows3.1までインストール済みで出荷されるので、目的に応じた仕様のPCが安く買えるようになりました。今でいうところのBTOパソコンの始まりです。パソコンの自作文化もこの時期から始まっていたと見て良いと思います。
内部はPC/ATと化したPC-9801
PC-9801はベーシックなモデルのBX/BA、高機能モデルのPC-9821Aを用意してDOS/V陣営と競争していくこととなりますが、1.44FDDの搭載、640*480ドットモードの搭載、グラフィックアクセラレータの搭載、PCM録音機能の搭載など、PC/AT互換機の仕様が多く取り入れられ、外見はPC-9801だが内部はPC/ATに近いものになっていきます。
それまでは、i486SX16MHz機で458,000円もしていたのが今回からはi486DX33MHz機で448,000円にするなど(PC-9821As機)、DOS/V陣営を意識した価格設定にしたりしています。
なお98ローカルバスはPC/AT互換機のVLバスとは異なりNESAバスのサブセット版です。
まだMS-DOSを利用する人が多かったが・・・
Windows3.1ではアプリケーションが直接ハードウェアを操作することは認めず、必ずWin16というAPIを介して行うことにすることでPC-9801とPC/AT互換機との垣根を取り払うようにしており、WindowsNTやOS/2でも同様の方式をとっています。周辺機器の制御は、デバイスドライバと呼ばれるソフトが必要で、これはハードウェアの垣根があります。PC/AT用の周辺機器は輸入品が多く英語版のデバイスドライバが付属しますがDOS/V機では言語に関係なく利用できます。
この頃になると、PC-9801のMS-DOS版のソフトもDOS/V用に移植されたりするようになり、一太郎やデータベースソフトなどもDOS/V機で使えるようになりつつありました。そういうこともありまだMS-DOSを使う人が多く、本格的な普及は翌1994年に入ってからです。


