PC-100 NECが全く熱意を見せなかったパソコン

PC-9801E/FとPC-8801MK2が発売されると同時期1983年に、高解像グラフィックスを特徴としたPC-100シリーズが発売されました。京セラがOEMしたパソコンで、同じく京セラが設計したPC-8801MK2と部品関係(FDDやキーボード等)やデザインで類似性が見られるのも特徴です。

デザインはPC-8801MK2とよく似ていますがディスクドライブは横並びになっています(PC-8801MK2では縦並び)。model10で はFDD1台、model20/30ではFDD2台搭載しています。キーボードはPC-8801MK2と同じもので、大きなファンクションキーが5個並ん でいます。また、マウスを標準装備しています。

グラフィックスは720×512ドットの解像度を持ち、専用モニターは縦置き・横置きのどちらでも使用できた点が特徴的です。model 10と20はモノクロ表示、model 30では720*512ドット中16色512色中16色の表示となります。

NEC PC-100シリーズ

  1. PC-100 model10(PC-10010)(モノクロ画面)2DのFDD1基(もう一台増設可) 398,000円
  2. PC-100model20(PC-10020)(モノクロ画面)2DのFDD2基 448,000円
  3. PC-100model30(PC-10030)(カラー画面)2DのFDD2基 558,000円
  4. PC-KD651 専用カラーCRT 198,000円

このパソコンの特徴は、ソフトウェアがいろいろとバンドルされており、本体マニュアルよりもソフトウェアのマニュアルの方が多いということでしょ う。後の一太郎およびATOKに連なる日本語ワードプロセッサ「JS-WORD」 および「FEP(日本語変換システム)」の他、表計算ソフト「Multiplan (Microsoft Excelの前身)」や「ロードランナー(ゲーム)」などが添付されています。しかし、せっかくグラフィックスが当時としては画期的だったのに、それを生かしたソフトウェアが添付されていなかったのが意外でした。

このパソコンでは、ROM-BASICは搭載しておらず、MS-DOSを前提としていたことが画期的でした。

CPUに7MHz駆動の8086、128KBのRAMと、360KBの5.25インチ2Dのフロッピーディスクドライブを搭載していました。

マニアの間ではMS-DOS互換環境/CGマシンとして使われた

マニアたちは、PC-9801用のMS-DOS(2.11や3.10等)をPC-100で動作させるためのパッチなどを作成し、CPUの8086を ピン互換のV30に換装して高速化、FDDを5インチ2DDに乗せ替える等した上で、PC-9801用のバンクメモリカードを用いてメモリをフル増設し、 さらにSASIやSCSIなどのインターフェイスを増設してハードディスクドライブまで接続し、もっぱらMS-DOS互換環境として使っています。

これには、PC-100はその成立にまつわる事情から、ハードウェア的にPC-9801およびPC-8801シリーズのいずれかと重複する仕様(流用した仕様)が多かったため、心得たマニアにはこれらの増設パーツや補修部品の調達も容易であるという事情がありました。

市販ソフトこそほとんど供給されなかったものの、MS-DOSジェネリックなソフトは当時の市場やパソコン通信などの世界にありふれており、また特にフリーソフトやPDSの一部にはPC-100対応版やPC-100対応モード等が専用に用意されるものや、未対応 の一部のアプリケーションについてもPC-9801用のバイナリにパッチを当てて流用する手段が提供されるなど、PC-100をMS-DOS互換環境とし て扱う限り大きく不足を感じる要素は無かった、といった事情も存在しています。

当時PC-100のビットマップグラフィックスの機能は画期的なものであり、マウスを駆使して優れたCG作品を書き上げていたという話があります。

全く熱意を見せなかったNEC

PC-100は当初PC-9801を超えるものとしてシリーズ名をPC-10000として計画されたものであり、数々の先進的な機能を装備する一方、PC-100のおかれた境遇は、決して恵まれていたとは言えませんでした。

NEC社内においても、パーソナルコンピュータ市場で発展してきたPC-9800シリーズと、PC-9801シリーズのハードウェア・アーキテクチャのルーツでありオフコン市場で存在感を持っていたN5200シリーズが互いに主導権を争っていた状況であり、PC-100は社外開発という事情から社内で重視されることもなく、また先進的な機能を盛り込んだため、その価格がネックとなり(model 30と専用カラーモニタ、プリンタのセットでは、100万円近い価格)、営業面でも熱心に販売されることはありませんでした。

その後、市場はアプリケーションのプラットフォームはBASICからMS-DOSへと急速に移行し、1980年代後半には、NECが社運をかけて売り込んだPC-9800シリーズの時代へと進みます。

正確にはいつ頃まで販売されていたのかは不明ですが、1985年頃には同時発色数の増加、ライトペンインタフェースの搭載、2HD FDDの搭載などかなりの手直しが必要な状況になっていました。

なお、一時期はPC-100をCG用(および、2DのFDDを2DDにアップグレード、HDDも内蔵)にカスタマイズしたものを、サードパーティーからシステム販売されていた事もあったようです。

あとがき
京セラのOEMパソコンであり、デザインを京セラが担当したPC-8801MK2とどことなく似ていた。NECは全く熱意を見せなかったことが不遇な生涯に終わった理由か。
関連記事