PC-9801以前は8ビット機全盛期

PC-9801が登場する以前、1980年代前半は、8ビット機が全盛期、といえる時代で、メモリが64KBしかないという根本的な問題はあるとはいえ、各社がしのぎを削っていた時代だった。

NECがPC-8001にZ80を採用した、ということもあるのか、多くはZ80を採用し、6800系を採用したメーカーは富士通や日立など、少数系になっている。

規格がバラバラだから、それぞれにマシン用に開発された、ソフトやハードを使わなければいけなかったこと、また同じメーカーでもシリーズが違えば使えないことも普通で、マイナーな機種を選んでしまうともう使えないことが当たり前だった。多数派につくことが絶対に必要だった。

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何故か大量に出回っていたワンボードマイコンの本

NECのPC-9801がシェア98%と呼ばれるほど普及したのは、1970年代後半にワンボードマイコン「TK80」 が爆発的に売れたことも一つの理由である。このTK80は、すでに書いたように、自分で電子部品を基盤に並べて、半田付けして組み立てるもので、 TKは「トレーニングキット」の意味である。その後はタイニーBASICを搭載するTK80BSを経て、PC-8001の登場になった。

ワンボードマイコンは、TK80以外にも各社から発売されたが、1979年までには専門学校などの教育用を除いて姿を消し、以降はすべて完成品となっている。因みに国産第1号パソコンは日立のベーシックマスター

不思議なのは、すでに製造されていないワンボードマイコンの本が、1986年頃まで大量に出回っていたことである。これを読めば、今でもこれらの製品が発売されていると誤解する人が出るのも無理はないと思うのだが、どうだろうか。何故もっと早期(1979年までに)にこれらの本が絶版にならなかったのか、不思議でならないものがある。

多くのメーカーが採用したのはザイログ社のZ80

NECのPCシリーズを始め、多くのパソコンメーカーが採用したCPUはザイログ社のZ80シリーズというもので、Z80、Z80A、Z80Hなどがある。一方、富士通など一部のメーカーではモトローラの6809を採用した。8ビットCPUは扱えるメモリ空間で64KBで、それ以上はバンク切り換えという方法を使う。メインRAM64KBとグラフィックス用RAM48KBを切り替えていたわけだが、バンク切り替えは速度が低下する。そのため一部の機種ではグラフィックス用には別途CPUをおいて、速度低下しないような設計にした。

ところで、Z80Aは秋葉原あたりでは1個300円程度で購入できたようだが、当時の8ビットパソコンの値段は安くても86,800円、人気のあった初代PC-8801なら228,000円もしていた(希望小売価格)。これは、CPUの値段の方が安く、他のLSIの値段の方が高かったことを示すよい例と思う。

プログラム言語はBASIC、挫折も多い

これらの8ビット機を買うと、BASICがROMでもっているので、電源を入れると自動でBASICが立ち上がるが、当然メーカーによってBASICの文法が違う。市販ソフトは少なく、BASICができないとパソコンが使えない時代だった。そういうこともあり、途中で挫折して押入にしまい込まれた例も結構あったとか…。

一方では、BASICでゲームを作り、ソフトハウスに買ってもらう者も存在した。高い値段で買ってもらえたので、いい稼ぎになった時代もあったという。

この当時のパソコン少年は、その後、ソフトハウスやIT企業の社長に登り詰めた者が少なくないという。

PC-9801の登場

1981年に登場したPC-8801は、人気が高かった8ビット機で、翌1982年にはPC-9801が登場する。国産初の16ビット機は三菱のマルチ16だが、メーカーの熱意がなかったためかあまり売れず、逆にPC-8801の上位機として登場したPC-9801は爆発的に売れた。

CPUにはi8086を採用したが、ROM-BASICも搭載していた。PC-8801の上位機という位置づけだったので、BASICは機械語の部分を除いて上位互換性があった。

初代PC-9801にディスプレイ、8インチフロッピー、プリンタ、漢字ROMを搭載すると100万円近い金額となった。

16ビット機では内部処理・外部バスとも16ビットのi8086内部処理は16ビットだが外部バスは8ビットというi8088とあり、これは386DXと386SXの関係に似ている(勿論命令セットは同じ)。

コストが安くでき、設計が楽なことから、i8088を採用するメーカーが少なくなかったが、NECのPC-9801はケチらずにi8086を採用したのは画期的だったと思う。

16ビットCPUはメモリ空間が1MBあるので、当時はメインRAM、ビデオRAM、テキストRAMその他合計しても1MBの空間に収まり、バンク切り替えもないので、高速な動作ができた。

現代のように、世界標準機種というものはなかったから、各社独自に多種多様な機種を出していたが、マイナーな機種に手を出すと後でひどい目に遭うことがしばしばだったといえよう。

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